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民話・史跡・石碑・人物

立岩にある史跡やそこに語られる逸話。
現代に残したい昔のお話。

口伝のため語りべや参照文献によって、少しずつ変わっているかもしれない。

民話はその多様性が面白いところです。

ここに無いものを知っている方は情報提供をお待ちしております。

民話

語り継がれる昔むかしのお話です。

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嫁が石(才之原)

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滝本の鰻神様(滝本)

 十二滝の滝壺はぎょうさん深く、なんでも鹿島まで続いているらしい。

 滝に耳のある大鰻が住んでいた。その鰻は滝から出たので、村人が滝壺に返した。

 この滝では、毎年味のええ鰻が、よくとれよったんとー。

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十二ヶ滝の滝壺(滝本)

 滝本にある十二ヶ滝の滝壺はえらい深いんじゃと。滝に青竹をついて底をはかったが、なんと底がなかったそうな。

 ところがある日、海のタコがはい上がってきよった。そじゃけん村人は「鹿島の裏にある洞窟と通じとる」とうわさしよったんよ。

 試しにある人がこの滝壺に青竹を流したら、鹿島の洞窟に流れ出とったということじゃ。

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千人斬り墓地(猿川原)

 猿川原舟が谷の「千人斬り墓地」には、鎧、冑をつけた武士が首なし馬に乗って出てくるんじゃそうな。

 なんでも昔、このあたりで合戦があって、九九九人もの武士が討ち死にしたんじゃと。この時、勝った方の武将が「これでは千人に足らん」言うて馬の首まではねて千人にしたんじゃそうな。

 それからは、雨がソボ降るような晩には、馬のいななきと武士の冑の音が聞こえるんじゃと。

 また、昔は、この舟が谷の水が血になって流れたんで、この谷の水を飲むと腹痛になるといよった。

 今では猿河原地区の人たちが盆一五日早朝、供養念仏をしよるんよ。

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ゴロエンさんの財宝(猿川原)

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奈良原の地名(中村)

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猪木だいば(猪木)

 その昔、大洪水があって国津比命神社が流されてしまった。流された御神霊を、氏子達や村の人々が総出で探した。

 その頃、北条村の野村さんも同じく大浜という海岸で網を投げていたら御神霊がひっかかった。しかしどうしたことか、重くてあがらない。

 そこへ猪木地区の若者が来て網を引くとするするとあがった。御神霊は神社社殿ができるまで北本町の宮箱神社でおまつりした。

 このことがあってから、国津比命神社宮出しの時には、猪木の者が「提婆(だいば)」となって神輿のお供をするようになった。

参照元

・アプリ「風早ふるさとめぐり88」

・参考書籍「伊豫乃古跡」昭和9年7月廿日発行.民友社印刷所.

  発行人:淺井伯源.発行所:愛媛出版協会.所蔵:松山兎月庵

・参考書籍「会いに行けるむかしばなし 風早まんが昔話」2013年3月発行.

  発行者:北条地区まちづくり協議会. 協力:松山市立北条小学校・愛媛県立北条高等学校

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